2009年06月25日

「ハゲタカ」見て来たよ

原作:真山仁
脚本:林宏司
監督:大友啓史
主演:大森南朋、玉山鉄二、柴田恭兵、中尾彬
2009年
日本

http://www.hagetaka-movie.jp/index.html

日本の象徴ともいえる大手自動車メーカーに
企業買収を仕掛ける中国系ファンドと
天才ファンドマネージャー・鷲津政彦がくり広げる壮絶なマネーゲーム。

「リーマン・ショック」「派遣切り」など、
リアルタイムなテーマ盛りだくさんで、とても他人事とは思えないストーリーと、
これってドキュメント?と思わせるほどの俳優陣。

三億さん、もとい、遠藤憲一の無表情な涙が切なかったなぁぁ。
アカマ自動車の社長なんだけどね、
彼がヘタ打って、結果的に会社がボロボロになっていくんだけどね、
彼だって、会社のためを思えばこそでね、
だけど満場一致で退陣要求されちゃうんだよね。

あとね、
松田龍平の人殺してそうな目つきとかね、
志賀廣太郎の、人がよさそうで実は人が悪いんじゃないか的なスタンスとかね、
中尾彬の、頭取なの?ヤクザなの?的な演技とかね、
あとね、あとね、
みんなよかったのね(笑)

こんなにおもしろいなら…と思って、
いま小説も読んでるんだけど、
小説は、いまいちな感じがするのね。
ということは、監督と俳優陣がすごくいいってことなんだろうね。

映画のパンフレットの中で、
遠藤さんが「現場では緊張していない人が、誰一人いなかった」と語っています。
「監督はどのシーン、どのカットでも頭から最後まで撮影していく」
「いつシーンの頭から最後まで一気に撮られても大丈夫な状態に、
 常に自分を持っていこうとしていましたよ」
また、ハゲタカを追い詰めていくもう一人のハゲタカ・玉山さんは
400万を渡す場面で
「脚本上では、金を渡しで守山に『帰れ』と言うだけなんです。
 でも現場に行ったら、監督から『あそこは普通にしたくないんだよ、
 まぁ、楽しみにしていて』と言われました」そうで。
で、結果、あんな迫力のシーンになったわけですな。

TVドラマの時から、そうだったけど、
作りがすごく「ナマ」っぽい、ドキュメントっぽい。
その緊張感や臨場感が、どのシーンも目が離せなくなる原因なんだろうな。


舞台こそ、その臨場感が身上なのに。
映画でここまでできるんだから、おれたちだってできるだろう?(笑)
さ、稽古、稽古☆
posted by ゆきお at 14:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

観客の責任

岸田國士・作「頼母しき求縁」「紙風船」と菊池寛・作「父帰る」の3本立て、
短編オムニバスを見てきた。

小さなアトリエでの公演だし、
役者さんたちも自然な演技だし、
とりたてて気になるところはないんだけど、
とりたてて気持ちにひっかかってくるところもない作品だった…
隣に座っていた女の子なんて泣いてたのにな…
なんでだろ…

芝居というのは役者が観客の前で演じてはじめて完成するもんだ、と
つくづく思う。
古代の演劇なんてのは、
狩りに出かけた連中が何も獲物を持って帰れなかった時に
「おれたちはいかにして苦労し、その結果手ぶらで帰ってきたのか」を
おなか空かせて待ちわびる連中に説明するところから生まれたそうだ。
なので、演劇に最低限必要なのは、役者と観客。
そして、演劇の目的は観客への説明と彼らの納得および満足のため。
でもまぁ、観客なんてあてにならないもので、
そんなにおなかが空いていなかったら、
ヘタな説明でも許してくれるかもしれない。
たぶんそんな時の芝居は、舞台に立たされた方も、
陽気に笑いながらできたかもしれない。
逆に雨が降って、保存食にカビが生えてて、機嫌も悪くて…なんて状況だったら
どんなに上手な説明でも許してくれないかもしれない。
そんな時に舞台に立たされる方は大変だ。
必死になればなるほど、声は上ずり、体は動かなくなりそうだ。

たとえば、スピーチを聞く際だって、
リスナーズ・レスポンスビリティ」と言われる。
直訳すれば、聞く方の責任。
つまり、いいスピーチを聞きたいなら、
聞く方だってあいづちを打ったり、ちゃんと反応を返したり
協力しなくちゃいけないんだよっちゅう。

芝居だって同じだと思う。
いい芝居を観たいなら、腕組みしてアラ探ししながら見るんじゃなくて、
一緒にいいもの作ろうぜって心意気で参加したらいい。
せっかく観客がそういう気持ちでいてくれるのに、
舞台の上だけで完結してしまって、
観客をおいてけぼりにしてしまう「額縁芝居」こそ、
私は「金返せ」と叫ぶ(笑)

だから、このオムニバス作品に「金返せ」とは叫ばない。
たぶん私がちゃんと作品に参加し、響き合うための
体調なり気持ちなり準備が足りなかったのだと思うから。

演劇は、TVや映画と違う。
観客も参加し、響き合うことで完成するメディアなのだと思うから。
posted by ゆきお at 01:42| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

恐怖の研究

行ってきました、日本科学未来館。

お化け屋敷で科学する!恐怖の研究」展。

お化け屋敷に入った後、
今のドキドキはこんな原因と理由があるんだよ、と
パネル展示で学ぶ、という企画。

不安、恐怖、怒り、悲しみは、
社会生活を円満に行っていくには、やっかいな情動(感情)。
それをコントロールしたいと思う人は多い。
最近の研究では、恐怖は脳の海馬と扁桃体で生起されることがわかってきた。
脳のこの部分が恐怖を感じると、
体は恐怖に対していろいろな対策をとる。
例えば、身をすくませたり、大声を上げさせたり、汗をかいたり、ドキドキさせたり。
また、脳の大脳皮質の部分では「何が起こっているの?」「何が原因?」と
認知のシステムが働く。

もともと、不安や恐怖というのは、
人間が、というより人類が生存していくのに
非常に大切な感情および反応だったわけ。
たとえば、突然なにかが目の前に飛び出してきたら、
ビックリして一瞬硬直するでしょ。
それは「何が起こるかわからない、動かない方がいい!」ってこと。
また、なにかイヤな音がだんだん近づいて来るとする、
その時、ドキドキと動悸が早まるでしょ。
それは「イザとなったら逃げるよ、準備するよ」ってこと。
その際に、大脳皮質まで情報をまわしてゆっくり原因を考えていたら
逃げ遅れちゃうから、
海馬や扁桃体というより本能に近い部分で恐怖を感じると
大脳皮質まで回路をまわさずに、体を反応させちゃう。
だから、不安や恐怖は理性でコントロールしにくい。
不安や恐怖に対して、正しく反応しないと、ね、生き残れないでしょ?(笑)

ところで、人間は共同体を作って生きてきた歴史がある。
相手のを見て、その人の微妙な感情を判断するため、
顔や表情に対して、敏感だ。
その結果、煙だとか木目だとか光の加減でできた影だとか、
とにかく顔に見えるものは顔と見なしちゃう(笑)
それが心霊写真の一因。

また、無意識に同調動作をとりたがる。
それも共同体の中で、培ってきた歴史がある。
ほら、よく、家族は似てくるっていうヤツ。
無意識のうちに相手に合わせたがる結果、
仲良し同士でこっくりさんをやるとよく動く(笑)

なんてことを、もっとじっくりゆっくり学びたかったんだけど、
パンフレットとかカタログとか、用意されていなくて、
そこまで専門的な企画ではなかったようで
私にとってはちょっと期待はずれ。
残念。

でも、併設されてたお化け屋敷からは、
すごい悲鳴が聞こえてきていたから(笑)
この蒸し暑い季節にぞぉ〜としたい人にはオススメかも☆
posted by ゆきお at 00:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

友情とはなんぞや?

学生時代の友情ってのは、
「あぁ、それ、私も一緒!」って感覚だ。
親離れの時期の若者たちを「ギャング・エイジ」とも呼ぶ。
「自分と同じ」仲間と群れを作り、悪いコトをしがちだけど、
親の判断を抜けて、どこまでが○でどこからが×なのか、
自分自身でぶつかって社会性を身に着けていく。

一人暮らしをはじめた時、
「友達」の定義を「たとえ深夜2時でも、助けが必要なら飛んでいける相手」と
自分で勝手に決めた。
だから、よく「ゆきおさんは友達多いでしょう」といわれるが、
実は私の「友達」は少ない(笑)
ていうか、多かったら私が大変だ(笑)
そして、そういう相手は、そんな助けをたいてい必要としていない。
自分の足でちゃんと立っていて、相手に迷惑をかけない。
だからこそ「友達」でいられる。
迷惑をかけて、かけられて、なんて関係は「友情」でも「友達」でもない。
それは「依存」だ。

今でも、その思いは変わらない。
自分の身の始末は自分でつけられること。
自分と相手は違うと認識した上で、
差異に対して尊敬と共感を持てること。
彼や彼女の前で、自分は恥ずかしくないか。
そんな感覚を持てること。

友情の質の変化が、
若者でなく、大人になってしまったということ、年をとったってことならば、
大いにそれを受け入れたい。


ところで、昨今、深夜になってもコンビニあたりにたむろする若者たちについて
「彼らは家族のかわりを求めている」と論じたエッセイを読んだことがある。
自分を受け入れ、同じ同じ!と叫びあい、
しかし、いったん非難めいた空気が流れると、去っていく。
ケンカしてまで、自分を表現し、相手を理解しようと努めることはしない。
彼らが「友達」と称するのは、自分を非難することなくただ受け入れる、
居心地のいい空気のことだ。
それはギャングエイジたちとは似ていて、ちょっと違うような気がする。
ネット上の「友達」に似ている。
都合のいい時だけの「友達」。
そこに社会性や仲間となるためのルールの獲得の機会は少ない。


昨晩、見た芝居で描かれる「友情」も、そんな都合のいい関係だった。
記憶障害のある主人公。
覚えていないと知られれば、
もう「友達」でいてくれなくなると思い込んでいて
その障害のことを口に出せない。
その親友は会社の金を横領しているところを、主人公に見られ、
主人公に会うことを恐れている。
自分、自分、自分。
そこに描かれているのは「友情」とは名ばかりのエゴだ。
違いを受け入れ、自分で自分の責任を引き受ける潔さやそれを見つめる厳しさがない。
親として出てくる人物も「友達家族」のような居心地のよさに、
私はむしろ居心地の悪さを感じる。
脚本も演出も演技も、若い。
だからそ、現代の「友情」の形が露骨に現れたのか。
それを俯瞰して見る視線がなかったのが、惜しい。


あなたにとって「友情」って何ですか?
あなたの「友達」って誰ですか?




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2009年06月16日

ただいま☆

てがみ座公演「ありふれた惑星」
無事に終演しました。

翌日20時間爆睡し、
ただいま「現実」に戻ってまいりました(笑)

見に来てくださった方、
遠くからエールを送ってくださった方、
本当にありがとうございました。


今回の公演は2本立ての上演でした。
1本目の「カシオペア」と2本目の「鉄屑の空」。
望遠鏡のある部屋をつながりとして
地上の人間たちの悲喜こもごもを描く2編のストーリーと、
プラネタリウムを思わせる幻想的なセット。
天空と地上をつなぐ作品でした。

芝居・演劇の脚本ってものは、
日常の積み重ねの先に、
なにやら大きな視点が立ち上がってくるものだと
思っておるのですよ。
だから、演ずる役者も日常のリアルを描く小ささ・細やかさと、
その先に突然現れる「ぶっとび」、
つまり詩的な瞬間を描くダイナミズムを持ち合わせていなければ
見ているお客さまはおもしろくないだろう、と
思っておるのですよ。

ぶっちゃけ、
1本目の離婚間際の夫婦の話にしても、
2本目の町工場の話にしても、
ぶっとぶ瞬間が弱かった。
それはそれで作品として成立はするんだけど、
微視から巨視へ昇華していくダイナミックな瞬間が見えず
私の好みで言うと、ちと物足りないなぁ…と思っていたところ、
エピローグで、地上の人々の目線から天空の彼方へ飛ばしてくれて、
心の中で喝采を送りました(笑)
エピローグはなくてもわかる、とおっしゃる向きもありましたが、
あの瞬間があってはじめて、1つの「上演作品」として完結したのだと、
私は思います。


ともあれ、毎回立ち見が出るという満員御礼の公演、
多くの方にご覧いただき、
大好評のうちに終幕を迎えられまして、
主宰、スタッフ、共演者、そして、観客のみなさんに
心から感謝を。

本当にありがとうございました。
これからも、応援をよろしくお願いいたします。



posted by ゆきお at 13:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

てがみ座 初日あけました♪

てがみ座 旗揚げ公演「ありふれた惑星」、
昨日、初日が無事に終演しました。

6月8日の内外タイムス 夕刊に、
特集が掲載されました。


naigai.jpg


ピンスポ(102回)大平めいさの劇団訪問日記

こんにちは、大平めいさです。今回皆さんにご紹介するのは、「てがみ座」さんです。
早稲田ミュージカル研究会で同期生であった劇作家・長田育恵さん(昨年上演されたフジテレビ主催「ミュージカル魔法使いサリー」など)と、俳優・梶山明子さん(「速水けんたろうコンサート」歌のお姉さん役など)の2人によって結成させたてがみ座さん。2人の本格的な共演は、大学時代以来の10年ぶりだといいます。
「丁寧につづった手紙のような、繊細で心温まる舞台を作り上げたいという思いから、『てがみ座』というユニット名にしました」(長田さん)
今回の旗揚げ公演「ありふれた惑星」は、豪華短編2本のオムニバス構成。
「‘望遠鏡のある部屋‘をコンセプトとした2作品となっています」(長田さん)
作家・井上ひさし氏が「二人芝居の傑作」と自筆で応援コメントを寄せた「カシオペア」は、無職状態の天文学者(劇団ヒンドゥー五千回・扇田拓也)とその妻(劇団ポかりン記憶舎・中島美紀)のハートウォーミング物語。離婚をすることとなり、今まさに別居しようとしていた2人が、お互いずっと秘密にしていたことを話し合っていくうちに、心の中で何かが変わっていく…というストーリー。劇団思考動物の前嶋ののさんが演出します。もう1作品は、大田区にある町工場を舞台にした「鉄屑の空」(演出は劇団チャリT企画・楢原拓さん)。こちらはガラリとイメージの違ったテンポのいい群像コメディー作品となっています。
「1作目が終わった後に、舞台装置が大きく変わります。お楽しみに」(長田さん)
そんなてがみ座さんの旗揚げ公演「ありふれた惑星」が、10−14日まで、計8公演、王子小劇場で上演されます。12日(金)昼の回には、美術家・杉山至氏も所属している舞台美術工房 六尺堂によるバックステージツアーを開催。ぜひ劇場まで足をお運びください!



現在、予約チケットは、
木曜(夜)金曜(夜)土曜(昼&夜)が完売しております。
この回をご希望の方は、当日券が発行されますので、
開演30分前(開場時間)へ劇場へお越しください。
なお、金曜(昼)と日曜(昼&夜)は、まだお席に余裕があります。
ぜひご検討ください。

詳しい公演情報はこちらから。
posted by ゆきお at 12:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

舞台と映像の可能性

5月公演 宮本亜門作・演出「ヴィジョン!ヨコハマ」
無事に終演しました。

見に来てくださった方、
遠くから応援してくださった方、
ありがとうございました。

小劇場で見かける芝居と映像のコラボ、
私はキライなんですが(笑)
というのは、客入れが終わって、客電が落ちて、
暗闇の中で観客である私は耳を澄ませ、目を凝らし、
全身の肌を使って舞台へ集中して感覚をのばしていく、
これから繰り広げられる役者の生命力にアクセスしていく、
舞台というのは、そんな研ぎ澄まされた時間であるのに、
映像が流れた瞬間に、その感覚が切れちゃう、自分に戻されちゃう、
リビングでテレビを見ているのと同じになっちゃう。
こんな手法を使う演出さんは、
たぶんテレビドラマが好きなんだろうな、と思う。
テレビドラマがやりたいなら、テレビの業界に行けばいいのに。
ナマの舞台で使う必要があるんだろうか。
それが効果的である作品を、いまだ見たことがない。

いや、なかった、今までは。

亜門さんの今回の舞台も映像とショウのコラボだったんですが、
これは見事でした(驚)
大きな会場のホリゾントに、
3階建てのイントレを組んで、
カレイドと呼ばれるデコボコのある白いセットを作る。
ある時は、1階上手のデコの部分が開く。
ある時は、2階下手がボコの部分が開く。
黒船の映像を写し、2階上手のデコの部分を開けると、役者が立っていて、
まるで大きな黒船の上にペリーが立っているように見える。
その映像が小さくなれば、黒船が去っていったように見える。
機関車の映像を写し、1階のボコの部分4つを開けると、役者が出てきて、
まるで列車の中から乗客がいっせいに降りてきたように見える。
その映像が上手から下手に動けば、機関車が動いているように見える。
今まで大道具を組んで、それを転換するしかなかったのに
映像がそれを変わりにやってくれる。
これはすごい。
しかも、プロジェクタでホリゾントに大映しにしようとしたら、
その前に立つ役者の影も映っちゃうものなのに、それがない。
映像もボケない。
これはすごい。

…たぶん、予算もすごい(笑)

それはともかく(笑)
文字でうまく伝えられないのがもどかしいけど、
映像と舞台のコラボの可能性を教えてもらいました。




あ、さしいれのモンブラン、
まだ食べてないや(笑)






posted by ゆきお at 13:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

私の中の

横山秀夫ばやり(笑)


「震度0」見たよ。

shind.jpg


原作:横山秀夫
監督:水谷俊之
主演:上川隆也、國村隼、西村雅彦、余貴美子
2007年
日本

阪神大震災があった日、某県警でひとりの警察官が失踪する。
事件か、自殺か。
やがて警察内部での熾烈な人間模様が浮き上がってくる。
真実か、正義か。


県警って、こんな大奥なの?ってくらいドロドロの人間関係(笑)
その中で描かれる弱い人間の強がりと、本当に強い人間。
最後までゆるまない緊張感と臨場感。
そして迎える苦い結末。
おもしろいです。



「ルパンの消息」見たよ。

lupin.jpg


原作:横山秀夫
監督:水谷俊之
主演:上川隆也、遠藤憲一、長塚京三、佐藤めぐみ
2008年
日本

時効まであと24時間。
「15年前に自殺とされた女性教師の死は、実は他殺だった」との
1本の電話により、
急遽、捜査チームが結成される。
その指揮をとる溝呂木は「三億円事件」の際に、
限りなくクロに近い容疑者を時効でとり逃がすという苦い経験を持っていた。
捜査が進むにつれ、事件は三億円事件と意外なつながりを見せ…

ラストの取調室でのやりとりは圧巻。
「三億さん」と呼ばれている容疑者・遠藤憲一の目がいい。
殺人事件の動機が金とか痴情のもつれとかだと、
そりゃもうガッカリしちゃうんだけど、
これはね、もうね、ゾクゾクしっぱなしです(笑)



ついでに。

「自虐の詩」見たよ。

uta.jpg


監督: 堤幸彦
出演: 中谷美紀、阿部寛、西田敏行、カルーセル麻紀、遠藤憲一、アジャコング
2007年
日本

どうにここうにも不幸な「幸江」は、
無口でヤクザでぼーっとしている葉山と
ぼろっちいアパートに住み、
何かといえばちゃぶ台をひっくり返され、
しょうもないラーメン屋で働いたちょっとばかりのお金を
葉山にぶんどられる。
隣の部屋のおばちゃんには「不憫」「哀れ」とつぶやかれ、
ラーメン屋の店主には「おれと結婚してくれ」と言われるが、
でも、誰が何と言おうと、葉山に惚れてるのだ。

親友との再会を果たした幸江が
人生には幸せも不幸せもない、というラストに
なんだか一番の幸せを感じる。

っていうか、三億さん!
三億さんがラーメン屋で働いてるよ?!(笑)

posted by ゆきお at 14:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

悲しみよ、こんにちは

どうにもこうにも食えなかった看護心理学の「グリーフケア」、
どうにかこうにかレポート提出完了。

テキストの文章も難しくないし、
興味のない分野でもないんだけど、
読んでると3行で眠くなる教科書なんだよね(笑)

ちなみにグリーフケアというのは、
親しい人(主に家族を想定)との死別を体験した遺族が
どのように悲しみから回復していくのか、
また、どのような要因がその回復を妨げるのか、を調査し、
回復を援助するために自分は何ができるのか、を目指す研究分野。
たぶん、この分野の研究というのは歴史が浅く、
また、悲しみというものは個人的なストレスだし、
悲嘆を深くする要因なんて、それこそ人それぞれで、
統計だった結果がまだ出ていないため、
テキストの文章もあいまいかつ散漫になりがちなんだろうね。
そのため、関連書籍を何冊も読むハメになり、
思いのほか悪戦苦闘しました。

パークスによれば、
一般的に悲しみの回復には4段階あって、
死別直後、感情が麻痺している段階、
お葬式が終わって喪失感がしみじみと感じられ、故人を求める切望の段階、
数ヶ月経って、まだまだ故人の話をしたいのに周囲の人は故人の話をしなくなる、絶望と混乱の段階、
故人は思い出として大事に保管され、故人のいない世界に適応していく、回復の段階。
個人差はあるけれど、数ヶ月から数年でみな回復の段階を迎える。
高齢者の病死などだと、ある程度、遺族の方も覚悟が決まっているから、
まぁ、順調に回復できるんだろうけど、
これが幼い子供や夫の死だったり、
その原因が犯罪や事故、災害に巻き込まれたりの突発的なものだったりすると
遺族の方も心の準備ができてないし、
その前日にケンカなんかしていた日には、
ものっすごい後悔したりして、罪責感を強くしちゃったりする。
そうすると回復は長期化したり複雑化したりする。

実は、これ、いま稽古している6月公演の「鉄屑の空」に、
大変あてはまります。
ワタクシ、3年前にダンナを亡くした母親の役なんですが、
たぶん彼女はダンナの死を、いまだ受け入れてない。
でも、やがてその悲しみを受け入れ、乗り越え、再生していく。
そんな物語。

演技をするのに、心理学の勉強なんて遠回りかなぁ…なんて
思い悩んだ日々もありましたが(笑)
こんなふうにつながっていくんだなぁ、
無駄な勉強なんてないんだなぁ、と
ちょっと前向き。


あ、そういや、
サガンが映画化されるって?








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2009年05月20日

あなたは嘘を許せますか?

今日の午後、レポート書いてました。
手元の電話がプルル〜っと鳴りました。
受話器をとりました。

「あ、奥さまでいらっしゃいますか?」

…ああ、まぁ、うん。
奥沢さま、を短縮すれば、奥さまか(笑)

「ワタクシども、熱海にありますオカモトリゾートと申します」

熱海?
ナゼ、熱海??

「このたび、横浜にお住まいのみなさまに、ホテルのご案内を…」

ちょっと待って。
私ゃオカモトさんも熱海も心当たりがないんですけど?
あぁた、この電話番号、どこで知ったのよ?

「NTTの電話帳に載っておりまして〜」

ウソこけ。
引越ししてこの電話番号に決める時、
NTTには「電話帳に掲載しない」と知らせてあるんや。
その電話帳、何年前のや。

「えぇと、もうかなり古いものでして〜、10年くらい前の〜」

ウソこけ。
私ゃ横浜に引っ越してまだ2年ちょいや!



あれでしょ?
NTTの電話帳じゃないんでしょ?
たぶん海外旅行とか行った時の申し込みリストかなんか、買ったんでしょ?

まぁね、受付のおばちゃん責めても、
おおよそアポ電のパートさんだろうから、埒もないしね、
会社の名前と住所と電話番号と本人の名前聞いて、電話切りましたけどね。
実害ないから、そんなに怒ることもないけども(笑)
や、せっかく乗ってきたレポートを中断されて、おいおいとは思ったけど(笑)

でもさぁ、
上手なウソは笑えるけど、
見え透いたウソは腹立つね(笑)


だからできるだけ、ウソはつかない。
他人にも、
そして、自分にも。
posted by ゆきお at 20:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする